映画『クラッシュ』の空気

クラッシュ [DVD]
ライブ終了後、再び日常の瑣末な忙しさに戻る合間に、映画をよく観る。最近では、今年のアカデミー賞3部門を獲得した映画「クラッシュ」のDVDを自宅で鑑賞。ロサンゼルスのハイウェイで起きた交通事故をきっかけに、様々な人種が入り混じり、次々と引き起こされる“衝突”の連鎖によって運命を狂わされていく人々の姿を描いたヒューマンドラマである。

メインテーマは「人種差別」だけど、その一言では表現できない、とても複雑な映画だった。
沢山の登場人物が物語のなかでテンポよく描かれていくが、それぞれが様々な状況、人間関係、精神状態が絡み合ってその時間を生きている。ある方向からみれば、彼(彼女)は善人であり、まったく視点を変えれば逆の立場にもなる。うーん、ここではけして単純な「善人」「悪人」は存在しないのだ。

この複雑な人種環境と銃社会格差社会が抱えるロス、、、緊迫したシーンを観ながら、10年以上前に旅したロスの空気を思い出した。当時、貧乏学生旅行だった友人と節約のため、移動にバスを使ったら、乗った瞬間「ヤバい空気」が全身を貫いた。ロスは車社会。移動にバスを利用するのは、相当の貧困層少数民族、または何らかの問題を抱えた人たち、、、(今はどうか知らないが、当時そういう話を後から聞いた)。

繁華街のホテルのある通りまで戻る途中、明らかに麻薬中毒の黒人が、乗車し、すぐさま運転手と喧嘩を始めた。どうやら無賃乗車をしようとしているらしい。「。。。手に銃を持ってるみたい。」友人が日本語でささやく。私は怖くて声も出ず、車内を見渡すと、乗客は誰もが、顔をそむけ、「この嵐が自分たちの頭上を通り過ぎる」のを暗い瞳で待っている。バスが発車するまでの時間をどれほど長く感じただろう。

結局その黒人は、悪態をつくとバスから降りた。車内に広がる安堵感。完全に彼の姿が見えなくなって、ようやく深く息をして、周囲の光景がモノクロからカラーに戻って来た。でも、バスを降りてからも、ホテルに着くまで、極度の緊張状態で通行人の人がすべて、禍々しく怖くて不安でしかたなかった。そのときの空気を完全に払拭できるまでの間、旅は楽しい時間ではなかった。

「日本人には分かりにくい」と評価の分かれた作品でもある。けれど、無国籍化しはじめた東京の新宿界隈を歩くとき。我が国の総理大臣が(すでに彼は前総理大臣だが)、挑発的なアジア外交を繰り返すとき。私は日本人という「人種」のなかで生きる難しさと少なからずの緊張感を覚える。


いま、香港で暮らす友たちは、どんなアイデンティティをもってあの国で生きているんだろう。。。

そんなことを考えさせられた映画「クラッシュ」だった。


『人はぶつかりあう。
人は人を傷つける。
それでも、人は、人を愛していく。』